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人物

瀬立モニカ医者を目指す【パラカヌー選手】名前の由来や母の支えも

2021年に東京パラリンピックが開催されますね。

新型コロナウィルス感染拡大の影響で1年延びました。選手の皆さんもそこへ向けて調整しているところだと思います。

カヌー競技に出場内定が決まっている瀬立モニカ(せりゅうもにか)さんは、高校の授業でケガをして足が動かなくなりましたが、そこからものすごい努力をして、オリンピック選手へとのぼり詰めました。

障害があるのに、とても明るくてそんなことを感じさせない元気があります。

 

そこで、

瀬立モニカ医者を目指す【パラカヌー選手】名前の由来や母の支えも

として、瀬立モニカさんのパラリンピック後の進路のことや名前の由来と、これまで支えてくれた母について、調べてみたいと思います。

 

瀬立モニカ医者を目指すパラカヌー選手

瀬立モニカさんは、筑波大学体育専門学群に在籍しています。

2020年にパラリンピックが開催されれば、大会が終わるまで休学する予定でした。

しかし、大会が延期となり、復学しました。

競技の活動と並行して授業を受け、来秋以降には卒業見込みです。

その後、他の大学の医学部へ編入試験を受けようと思っているようです。

パラリンピックが終わったら「医療の仕事をしたいという気持ちがある」と話しています。

瀬立モニカさんのお母さんは、現役の看護師で、その影響もあるんでしょうか。

お父さんもお医者さんでした。

瀬立モニカさん自身、ケガをしてお医者さんや看護師さんなどにお世話になったりして、その現場を見て医療の仕事の大切さなどを感じたのかもしれませんね。




瀬立モニカ名前の由来や母の支えも

瀬立モニカさんは、カタカナで書く「モニカ」という名前からよくハーフと思われるようです。

ですが、純粋な日本人なんです。

瀬立モニカ名前の由来は?

この名前は、お母さんキヌ子さんがクリスチャンで、クリスチャンネームが「モニカ」ということで、そのままつけたそうです。

素敵な名前ですね!

瀬立モニカさんの人柄にピッタリな名前だと思います。

 

母と二人三脚で障害を乗り切る

瀬立モニカさんのご両親は離婚されていて、お母さんのキヌ子さんは40歳を過ぎてから瀬立モニカさんを産んでいます。

離婚されてから女手ひとつで瀬立モニカさんを育ててきました。

瀬立モニカさんは元々スポーツが大好きで、小さい頃からテニス・バスケ・カヌーなどやっていました。

しつけも厳しく勉強もしっかりさせていたそうで、お母さんのキヌ子さんが働いていた事もあって、お母さん自身が困らないように自立させていたといいます。

 

高校1年の体育の授業の倒立前転で転倒してケガを負うことになります。

それがすごく深刻な事になるとは思わず、あとで足に麻痺があり「歩けない」となり、「体幹機能障害」と診断されるのに2ヶ月かかりました。

ケガをしてから、車イスの生活になり、お風呂やトイレ、学校や駅への移動も車イスを押していました。

でも、瀬立モニカさん自身も自分で上手に車イスを使えるようになり、お母さんを頼らなくても1人で出来ることも増えたそうです。

お母さんのキヌ子さんも瀬立モニカさんができない時はしっかり寄り添って、そして瀬立モニカさんもお母さんばかり頼らないよう自立できる努力をしていたんですね。

お母さんのキヌ子さんは

「笑顔は副作用のない薬」

と、言います。

瀬立モニカさんはそんなお母さんの教えもあって、障害があることを感じさせない素敵な笑顔があります。

辛かった時も母娘で、乗り越えてきたんですね!




瀬立モニカ【パラカヌー】への体づくり

瀬立モニカさん自身もケガをした時は、「カヌーは出来ない」と思っていたようです。

カヌーは体幹がないと難しいスポーツなので、胸から下が麻痺している瀬立モニカさんにとっては、以前と同じようにカヌーをやることはとても厳しいものでした。


瀬立モニカさんが住んでいる江東区はカヌーに力を入れていて、パラカヌーの選手の育成にも力を入れているのです。

区からのしつこいくらいの何度ものパラカヌーへの誘いに、再びカヌーをすることになります。

江東区が瀬立モニカさんのために専門のチームを作り、全面的にバックアップしてくれ、きちんと活動できる環境を整えてくれました。

 

もちろん瀬立モニカさん自身の努力も相当なものでした。

カヌー自体は健常者と障害者の違いはあまりないのですが、最大の違いは腹筋・背筋に頼ってパドルに体重を乗せられないことだそうです。

足の踏ん張りが効かないため、とにかく腕の力で前に進むしかないのです。

腕のパワーを鍛えるため、普段から水上と同じくらいの比率でウエイトトレーニングを行っています。

 

「大体、朝8時から11時までが水上での練習。

11時から13時までは昼食を摂って、フォームの研究、それと休憩。

13時から15時くらいまではウエイトをこなして、ガシガシと筋肉をつける。

17時から19時まではパーソナルトレーニング。

ここでは身体のバランスや体幹を整えます。ジョギングもしますね。

ただやみくもに筋肉をつけてもしょうがないですから。効率的に筋肉を使える身体にしていかないと。

そこから家に帰って食事をすると、もうすぐに寝る時間という感じ。

そんな生活が1週間に6日続きます。競技漬けの毎日ですよね。

本当に普段はカヌーしかしていない。でも、恵まれた環境だと思います」

引用元︰Amebaニュースより

以上のように毎日活動していると話しています。

体幹やバランスを整えるのがとても大事なので、カヌーに合った体づくりをしているんですね。

特に腕を鍛えているので、瀬立モニカさんの腕はかなりたくましいです。

健常者に負けない並々ならぬ努力があって、リオパラリンピックにも出場、東京パラリンピックの切符も手に入れています。

 

精神的にも相当な葛藤もあったと思いますが、支えてくれるお母さんや周りの方がいるから、頑張ってこれたんでしょうね。




まとめ

瀬立モニカ医者を目指す【パラカヌー選手】名前の由来や母の支えも

として瀬立モニカさんについて調べてみましたが、いかがでしたでしょうか。

瀬立モニカさんは笑顔が素敵で、笑顔は周りの人も幸せな気持ちにしてくれますよね。

ケガをした時は、すごくショックだったと思いますが、お母さんのキヌ子さんの支えもあって、オリンピック選手にまでなりました。

諦めない気持ちを教えてもらえた気がします。

パラリンピックでは持ち前のパワーで頑張ってほしいですね!

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。