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人物

吉原知子の旦那や子供など家族は?現役時代と若い頃の画像も!

女子バレー日本代表の次期監督の有力候補に吉原知子さんの名前が浮上しています。

東京オリンピック女子1次リーグで敗れ、決勝トーナメントへ進めなかったからですが、次のパリオリンピックまで3年しかないので、急いで決める必要があります。

そんな次期監督候補の吉原知子さんはどんな方なのでしょうか?

旦那さんや子供さんや家族はいるのでしょうか。

また、現役時代はどんな活躍をされていたのか、若い頃の画像も気になりますね。

 

ここでは

吉原知子の旦那や子供など家族は?

吉原知子の現役時代

吉原知子の若い頃の画像

についてみていきたいと思います。

 

吉原知子の旦那や子供など家族は?

吉原知子さんは旦那さんや子供さんはいないようです

色々調べてみましたが、結婚しているという情報や子供さんがいるという情報が見当たりませんでした。

中学1年から2006年に現役を退くまで選手としてバレー生活を送り、その後は解説者などとして活躍したのち、筑波大学大学院に高卒で合格して2009年4月に入学し、大学院生として指導者になるために勉強・研究をしてきました。

修士課程を修了後は、VチャレンジリーグのJTマーヴェラスの監督に就任しています。

この経緯をみても、忙しくバレーに捧げる人生を送られてきています。

恋愛もしたでしょうけど、結婚するまでには至らなかったんでしょうか。

それとも恋愛する間もないくらい多忙だったのかもしれませんね。

 

プロフィール

吉原知子(よしはら ともこ)

1970年2月4日  北海道雨竜郡妹背牛町(うりゅうぐん もうせしちょう)

血液型:A型

身長:180㎝  体重:60㎏

北海道立妹背牛商業高校、筑波大学大学院

 




吉原知子の現役時代

吉原知子さんは中学1年からバレーを始めています。

簡単に経歴をみていきます。

1982年 北海道中学校バレーボール大会優勝。

1985年 バレーボールの強豪校北海道妹背牛商業高等学校に進学し、インターハイに出場。

1987年 高校3年生で全日本代表。

1988年 日立入社。(1988年・1990年・1991年・1992年・1993年:優勝)

1992年 バルセロナオリンピック出場。

1994年 日立を解雇。(チーム内紛により)

1995年 日本人初のプロ契約でイタリアリーグ・セリエA・アンコーナに入団。チームを準優勝へ導く。その後、ローマへ移籍。

アトランタオリンピックに出場するため、ダイエー・オレンジアタッカーズに復帰。(1997年:優勝)

1996年 アトランタオリンピック出場。その後、“若手主体へ”という理由で全日本から外される。

1999年~東洋紡へ(1999年:準優勝、2000年:優勝)

2000年 Vリーグではスパイク賞、ベスト6、MVPを獲得し東洋紡を優勝させる。

2002年~パイオニアへ(2003年:優勝、2004年:準優勝、2005年:優勝)

2003年 全日本に復帰し主将を任される。

2006年 膝の故障で18年の現役生活にピリオドを打つ。

吉原知子さんの所属したチームは全て優勝などの好成績を残しています。

高校生の頃から全日本のメンバーに選出されていますが、アトランタオリンピックの後メンバーから外されます。

「若手主体へ」という理由で吉原知子さんを外した全日本は、シドニーオリンピック出場を逃していて、1964年の東京オリンピック以降連続して続いたオリンピック連続出場の記録が途絶えています。

吉原知子さんをメンバーから外したことが大く影響したんじゃないでしょうか?

それだけ、吉原知子さん自身の力と、吉原さんがチームを引っ張る力があったということなんですね。

 




吉原知子の若い頃の画像

吉原知子さんの若い頃はどんな感じだったんでしょうか?

画像を見ていきたいと思います。

 

1987年~1996年(高校3年~25歳)全日本で活躍する

よっしー こと吉原知子選手 : 雑炊最高

画像:雑炊最高より

 

昔の全日本女子バレー 吉原知子 : 雑炊最高

画像:雑炊最高より

 

東洋紡(1999年~2002年)でMVPの活躍をし、優勝へ導いた吉原知子さん。

画像:月バレ.comより

 

2003年~2006年 全日本に復帰して主将として活躍

負け犬」から常勝へ 女子バレー吉原流、本気の指導力 - 一般スポーツ ...

画像:朝日新聞より

 

2004年 アテネオリンピック

アテネオリンピック2004 代表選手選考会・出場権獲得レポート ...

画像:JOCより

 

画像:スポーツビズより

 

写真からは闘志が感じられ、バレーボールが本当に好きなんだなというのも伝わってきますね。

選手としてもチームを優勝へ導く活躍をしていますが、監督としても上位の成績を残す指導をしています。

チームをまとめたり、選手の意識を高めることがうまいのでしょうね。

監督を務めたJTの選手たちからは厳しさだけではなく信頼関係を結んでいて、選手たちから「監督」ではなく、「トモさん」と親しみを込めて呼ばれていたそうです。

吉原知子さんの人柄が表れていますね。




まとめ

吉原知子さんについてみてきましたが、いかがでしたでしょうか。

 

現役時代も素晴らしい活躍をしてチームを優勝へ導き、また監督としても選手たちの信頼を得て優勝を何度も経験していますね。

全日本の監督になったらどんな采配を振るのか楽しみなところです。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。